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高松高等裁判所 昭和25年(ネ)41号 判決

控訴人 原告 上田代吉

訴訟代理人 田村三吉

被控訴人 被告 芳原村農地委員会 高知県農地委員会 高知県知事

指定代理人 二宮周三

主文

控訴人と被控訴人芳原村農地委員会、同高知県農地委員会との間の本件控訴はこれを棄却する。

控訴人と被控訴人高知県知事桃井直美との間の原判決はこれを取消す。

被控訴人高知県知事が別紙目録記載の土地につき昭和二十三年十二月一日付買収令書を昭和二十四年四月一日控訴人に交付してなした買収処分は無効であることを確認する。

訴訟費用中控訴人と被控訴人芳原村農地委員会、同高知県農地委員会との間における控訴費用は控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人高知県知事との間に生じたものは第一、二審とも同被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人村農地委員会が別紙目録記載の土地につき定めた買収計画並びにこれに対する控訴人の訴願を被控訴人県農地委員会が棄却した裁決はいずれもこれを取消す。

被控訴人知事が右土地につき昭和二十三年十二月一日付買収令書を昭和二十四年四月一日控訴人に交付してなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方事実上の供述は控訴代理人において自作農創設特別措置法(以下便宜自創法と略称する)第三十条による未墾地買収については同法第三十一条第五項第三十四条第七条乃至第九条によれば市町村農地委員会は当該買収計画については都道府県農地委員会において訴願に対する裁決があるときは遅滞なく都道府県農地委員会の承認を受けることを要しその承認を経た後でなければ都道府県知事は当該農地の所有者に対し買収令書を交付し得ないこと明かである。然るに本件買収計画については被控訴人県農地委員会の承認を受けていないにもかかわらず被控訴人知事は昭和二十三年十二月一日付で買収令書を発行し昭和二十四年四月一日これを控訴人に交付したのであるから被控訴人知事のした本件買収処分は前記法条に違反し当然無効である。仮りに被控訴人らの主張の如き条件付承認があつたとしてもかかる条件付承認は無効である。仮りに然らずとしても都道府県農地委員会の承認を受けるのは訴願の裁決のあつた後でなければならないこと前記自創法の規定によつて明かである。然るに被控訴人らは本件買収計画については昭和二十三年十一月二十九日被控訴人県農地委員会の承認を受けたと主張するのであるからその主張自体によるも本件訴願棄却の裁決があつた昭和二十三年十二月二日よりも前であるから違法である。

以上の次第で結局本件買収計画については被控訴人県農地委員会の適法な承認がなかつたことに帰着するから被控訴人知事の買収令書の交付によつてした買収処分は当然無効である。よつて同知事のした右買収処分に対してはその無効確認を求める次第であると述べ、被控訴人ら代理人において本件訴願棄却の裁決、買収令書の発行交付の各日時に関する控訴人の主張事実は認めるが本件買収計画については昭和二十三年十一月二十九日被控訴人県農地委員会において「若し後日訴願容認の裁決があつたときは承認は効力を失う」との趣旨の条件付承認をした。而してその後昭和二十三年十二月二日被控訴人県農地委員会において訴願棄却の裁決があつたのであるから右承認は有効であると述べ、

た外いづれも原判決事実摘示と同一であるから茲にこれを引用する

証拠として、控訴代理人は甲第一、二号証を提出し原審証人長崎義重、松岡孝彦、武市正秀、当審証人上田小富の各証言、原審並びに当審における控訴人(原告)本人尋問の結果及び原審における検証の結果を援用し被控訴人ら代理人は原審における被控訴人村農地委員会代表者上田寛本人尋問の結果を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人村農地委員会が別紙目録記載の土地につき自創法第三十条の規定に基き買収計画を定めたこと、これに対する控訴人の異議を却下したこと、さらにこれに対する控訴人の訴願につき被控訴県農地委員会が昭和二十三年十二月二日棄却の裁決をしたこと、被控訴人知事が昭和二十三年十二月一日付で買収令書を発行し昭和二十四年四月一日これを控訴人に交付したことはいづれも当事者間に争がない。

そして原審における検証及び被控訴人村農地委員会代表者上田寛本人尋問の各結果を綜合すると本件土地は全般に笹、雑草等の生い繁つた荒地であつて、その所々に梨、柿、栗等の果樹が生えているがその数はごく少くて十本位のものであり、しかもこれに肥培管理を施している跡は認められずまた二千六百六番の畑六畝二歩はその北半分位が竹藪になつているが之にも人手の加えられた形跡がなく、なお二千六百五番宅地二畝六歩は一面の笹藪であつて石材等家屋建築の準備を施してある様子は認められず、さらに本件土地は大部分が平坦地であつてその傾斜部分も勾配はゆるく十二度位のものであり且つ日当りは良好であつて開墾して農地とするに不適当なところは見当らないことを認めることができる。これに反する原審証人長崎義重、武市正秀、当審証人上田小富の各証言及び原審並びに当審における控訴人(原告)本人尋問の結果はいずれも採用し難くその他右認定を覆すに足る証拠なきのみならず、当審証人上田小富の証言と原審における被控訴村農地委員会代表者上田寛本人尋問の結果とによれば被控訴人村農地委員会は最初本件土地を不耕作農地としてその買収計画を定めたことがあるがその際控訴人はこれを山林なりと主張して訴を提起したので右委員会はこの買収計画を取消しその後あらためて本件買収計画を定めたものであることが認められる。されば本件土地はその全部が自創法第三十条にいわゆる土地の農業上の利用を増進するため農地として開発するのを適当とし、またその必要があるものと認定するのを相当とする。

控訴人は本件土地は果樹栽培用に供する竹を採取するため必要であり又本件土地から果樹の実を収穫しているというけれども、これらの事情は本件土地をいわゆる未開墾地として買収することを違法とするに足る事情とはいえない。故に本件土地について被控訴人村農地委員会が買収計画を定めたこと並に被控訴人県農地委員会がこれに対する控訴人の訴願を棄却したことは何ら違法ではなく、従つてこれら行政処分の取消を求める控訴人の本訴請求は失当である。次に自創法第三十条による未墾地買収についても市町村農地委員会は当該買収計画につき都道府県農地委員会の承認を受けることを要し、該買収計画に対し訴願の提起があつた場合にもこれに対し都道府県農地委員会の裁決があつた後遅滞なく該委員会の承認を受ける必要があり、この承認を経た後でなければ都道府県知事は買収令書を発行しこれを土地所有者に交付し得ないことは控訴人所論のとおりである。然るに本件買収計画について被控訴人県農地委員会の承認があつたことはこれを認めるに足る何らの証拠がない(被控訴人ら主張の条件付承認があつたことについても同様何ら証拠がない)。故に被控訴人知事は本件土地の買収計画につき被控訴人県農地委員会の承認がないのに買収令書を発行しこれを土地所有者たる控訴人に交付したものといわざるを得ない。

控訴人は被控訴人知事のしたかかる買収処分は当然無効であると主張するのでこの点について判断する。

おもうに自創法第三十四条第九条及び第十二条第一項によれば農地や未墾地の買収は都道府県知事が都道府県農地委員会の承認のあつた買収計画により当該土地の所有者に対し買収令書を交付してこれを為すを要し、この手続を経て後初めて国が当該土地の所有権を取得し従前の土地所有者はその所有権を喪失するに至る次第である。かように都道府県知事のなす買収令書の交付は当該土地に対する従前の土地所有者をしてその所有権を喪失せしめる重大な結果を生ぜしめる効力を有するものであるからそのこれを為すには法律上定められた手続を厳に履践しなければならない。即ち買収計画に対する都道府県農地委員会の承認は都道府県知事の買収令書の交付につき絶対必要な有効要件であり、もしこれを欠くときはその買収令書の交付は当然無効であるといわなければならない。されば本件土地について被控訴人知事が買収令書を交付してなした本件買収処分は当然無効であるというべきである。而して知事の買収令書の交付による買収処分の無効確認を求める訴はひつきよう行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟に属し、従つて本来国を相手方とすべきであるが、この種の行政処分の無効確認の訴訟はその処分の結果たる法律関係の存否を争うというよりもむしろ当該行政処分自体の違法を攻撃してその無効の確定を求めるものであつてこの点において行政処分の取消変更を求める訴訟と共通の性格を有するから、右特例法第三条を類推して当該処分庁たる知事を被告とすることもまた妨げないものと解するを相当とする。故に被控訴人知事に対して前記買収令書の交付による買収処分の無効確認を求める控訴人の本訴請求は理由ありといわなければならない。

よつて原判決中被控訴人村農地委員会、同県農地委員会に対する部分はこれを相当とし民事訴訟法第三百八十四条によつてこの部分に対する本件控訴はこれを棄却すべく、被控訴人知事に対する部分は不当であるから同法第三百八十六条によりこれを取消すべきものとし、訴訟費用については同法第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 前田寛 判事 近藤健蔵 判事 萩原敏一)

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